いぬのこざら

医療福祉現場で働く人の力になりたい

暇つぶし用ショートショート #2 ヨリコ編(2)

 昼休みになって、ミサヲからの返信に気が付いた。友人の加奈子が話す彼氏の愚痴に、適当に相づちしながら、トークを開く。

『ヨリコさん、おはようございます。元気ですよ。他の方からも同じような連絡が届いておりまして、ご心配をおかけして申しわけないと思っておりました。子女組長となられたヨリコさんとは、歳も近いので、これから沢山お話がしたいです。学校はどうですか? 唐突な質問で申し訳ありません。しかし、私は昔から同年代の方とどのようにお話をしたらよいのかわからないので、どうかご容赦ください』

 長文の書き込みであったが、それをヨリコは嬉しく思った。幼いころ、両親とともにミサヲのもとへ挨拶に行った頃が懐かしく感じたからだ。ミサヲは、他の子供たちとは違い、村では巫女のとしての扱いを受けていることから、気軽に話しかけたり、遊んだりはできないのだ。しかし、ヨリコは密かにミサヲと遊んでいた時期があった。これは絶対に口外できない思い出であり、ミサヲとヨリコの二人しか知りえない思い出なのだ。

 

「ミサヲさま、今日は抜け出せたんですね」

「ヨリコちゃんは、いつでも自由にお家から出られるの?」

 村から少し離れた山中の広場は、神社の裏手からまっすぐに上っていくとある。切り株や倒木の間から、青々しい草木と、瑞っぽい花弁を垂らした花が、月明かりに照らされている。

「へへ、秘密の抜け道を作ったんだ~」

「え? お家に作ったの?」

「ですです、自分の部屋の壁を少し壊しましたけど」

 それを聞いたミサヲは、目を丸くして驚いている。それから少しして俯いた。

「私にはできないな、ヨリコちゃんは勇気あるね」

「そりゃそうですよ、ミサヲさまがお家の壁を壊したら、きっと国からも怒られますよ」

ヨリコは大げさにそう言った後で、パジャマのポケットからチョコレートを出す。包装紙には、一口チョコレートと書いてある。

「はい、ミサヲさま」

その一つをミサヲに手渡した後で、自分の分を口に放り込み、空を見上げた。

「ありがとう」

「星がきれいですね。ミサヲさまは、星は好きですか?」

「甘い……。うん、でも星を見ていると、時々怖くなるの」

「どうしてですか?」

「あの星が一斉に降ってきたら、私の力ではこの土地を守れないから」

ヨリコが空から視線を外して、ミサヲを見る。ミサヲの頬に伝い煌めく涙の一粒を見たとき、ヨリコはその涙を星より奇麗だと思った。

「大丈夫ですよ、その時は私がミサヲさまを守りますから」

ふふッと、笑ってからヨリコは立ち上がると、木くずのついたお尻を払って歩き始めた。それをみたミサヲも立ち上がり、三歩後をついてくる。

「ヨリコちゃん、私は明日から行(ぎょう)に入ることになったの。だから、これからはあまり会えなくなるかもしれない」

「はい、でも、村の回覧板に連絡先は載っているし、その気になればいつでもお話できますよきっと。大丈夫です。涙を拭いてくださいよ、ミサヲさま。私はいつでも友達でいますから」

「ありがとう、私は今日の事は一生忘れない、そんな気がする」

「大げさですよミサヲさまは。たとえ、行に入って私との記憶を失っても、今日のこの景色と、肌をかすめる風の質感、木々の匂いは絶対に消えませんから」

「そうだね、また遊ぼうね、ヨリコちゃん。ごめんね、またいつか、遊ぼうね」

 その次の日から行に入ったミサヲは、村ですれちがっても会釈をする程度で、話をしなくなった。月に一度の、神主による説法のさなかに、その姿を見るたび、顔からは少しずつ赤みが消え、次第に影を纏うようになっていった。若衆を魅了するには十分な艶美を備え、影さえも纏ったミサヲは、この世の女とは違った雰囲気を漂わせていた。

 

「ちょっと、ヨリコ! 聞いてるの?」

「あ、ごめんごめん。で、なんだっけ?」

 加奈子は短くため息をついてから、「私には相談できる友人もいないってのか」といって、彼氏の愚痴を続けている。タカシとのトーク欄を開く。「ミサヲさまから返信来たよ」と送ろうとしたが、文章を消した。

 ミサヲとのトーク欄を開いて、『ミサヲさま、お元気そうで良かったです。学校は、ぼちぼちといったところです。楽しいわけでも、つまらないわけでもありません。ミサヲさまは、今は高校には行かれてないのですか? 確かS女子高でしたよね?』と送った。