いぬのこざら

医療福祉現場で働く人の力になりたい

暇つぶし用ショートショート #1 ヨリコ編(1)

【赤祭り】

 私が生まれ育ったS県M村には、赤祭りという、他の土地にはない珍しいお祭りがあります。あ、話を始める前に一つだけ言わせてください。

 この話をする時に、私が必ず皆にお願いしている事なのですが、一切の他言無用でお願いします。内容が奇抜すぎるのと、人によっては少しトラウマになってしまうかもしれませんので。多少の覚悟を持って、聞いてくださいね。

 それでは、改めて話していきますね。

 赤祭りの「赤」が何から来ているのかと言うと、これは『赤い巾着袋』の事を指します。というのも、私のいた村では、一軒一軒の軒先に、赤い巾着袋が飾られているのが普通なんです。風習というやつでしょうか。まぁ、あまり他ではないですよね。

 それで、この赤い巾着袋というのは、家が建った時に、村に一つだけある神社の神主さんの手から、配られるものなんです。それは一年に一回ある、赤祭りの時に新しい物が配られます。古い赤い巾着袋は、この祭りの中で焼いてしまいます。

 これが、一応祭りのメインイベントになっていまして、村中の家が……と言っても二十軒しかないのですが。村に家を構えるそれぞれの家族が、巾着袋を持ち寄って、祭りの開催される広場の真ん中で、古い赤い巾着袋を焼きます。

 お祭り自体はかなりシンプルで、面白みはありません。赤い巾着袋が燃え煙るのを皆で見送る程度の祭りです。ほかには神主さんの祝詞を聞いたり、広場の脇に建てられている掘っ立て小屋の中で、赤飯やら餅、酒、鹿肉の入った汁が振舞われるくらいです。

 村には子供が少ないので、私なんかの若い連中は、特段この祭りを楽しみにする感じではありませんでした。でも、その日だけは友達と夜遅くまで遊んでいても怒られることが無いので、大人たちの酒飲みが終わる時間までは、かがり火と提灯で明るい広場でサッカーをしたり、缶蹴りをしたりして遊んでいました。

 私が中学一年になった年、村の子供たちの代表に選ばれました。中学校は村から約20キロも離れた隣町まで通っていたのですが、村は山の麓で、当然バスなどは通っていないので、朝、市場に向かう軽トラックに乗せてもらって、学校の近くで降ろしてもらっていました。登下校は、毎日違う人の車で送迎してもらいました。村だと全員が顔見知りなので、特に問題なく学校は通えましたね。

 それで、年長だった私が、子供たちの代表に選ばれたわけですけど、ここで少し、村の事を詳しく説明しますね。

 村には「年寄組」「盛年組」「子女組」という組が存在します。聞くだけで大体わかると思うのですが、年齢層によって各組に入る事になります。私は中学生だったので、子女組の代表である組長(くみおさ)に選ばれたということです。

 組がある意味なのですが、それぞれの年代の意見をまとめて、談合するために作られたものです。それぞれの組長は、神主一族に次いで、村のトップスリーになります。私は子女組の代表だったので、村で三番目にえらい立場になりました。

 この三人の権力は、他の村人と歴然の差があります。例えば、子女組代表の私が盛年組の一般組員に命令すると、年上である一般組員でも命令に従わなくてはなりません。命令をする対象が年寄組の一般組員であってもそれは変わりません。年齢の垣根を越えて意見することが出来るように、この制度が存在しています。因みに代表三人は年齢の大きい方から一番、二番、三番とされますが、実質は同格となります。なので、村のヒエラルキーは上から順に、神主一族→組長三人→一般の村人となります。組システムは大体こんな感じです。

 話し言葉は読みにくいと思いますので、ここからは小説風に書いていきますね。

 

 緑の山麓が朝露に陽を受けて輝いている。山麓の形をなぞるように街へと続く沿線を、葉野菜や特産のしいたけを積載した一台の軽トラックがのんびりと走る。周囲を山に囲まれたM村の朝は、冬になると毎朝霧に囲まれる。道路は管轄の地方都市の役人によってきれいに舗装されているが、時折、時間の感覚の狂ったタヌキが、車の前を横切ったりする。昼夜問わず道路を照らす照明が設置されたせいだ。

「子女組長(しぃおさ)よぉ、少しお願いがあるんだが、聞いてくれねぇか」

運転席に座るのは、村の若衆であるタカシだ。ヨリコよりも六つ年上の青年。組長になると、こうして他の組員からも相談を持ち掛けられることが多い。とりとめもない、ごく普通の会話だ。

「なんですか」

「実はよぉ、ここんところミサヲ様を見かけねぇんだ。もしかすると、高校へ行ってねぇかもしれねぇ」

 ミサヲ様というのは神主の娘で、ヨリコの3つ年上の女性のことである。今の時代にはとても似つかわしくない、古風なたたずまいで、幼いころから伸ばした艶のある長い髪と、憔悴したように陰鬱気な面立ちが、村の若集に人気がある。ご多聞に漏れず、タカシもその一人なのだろう。

「ミサヲ様か、私も最近見ないな。あんな狭い村なのにね。タカシさん心配なんだね」

 意地悪をするようにヨリコはタカシに言うと、スマートフォンを取り出してミサヲとのトーク欄を表示する。

「最後に連絡とったの、私も半年前だよ」

「しぃおさがそれじゃぁなぁ。俺なんか一度も返信ないもの」

タカシはそういってキャップを深くかぶりなおす。

「でもよぉ、心配じゃねぇか。年寄組長(とぉおさ)にも話したけど、手で払われちまったもんだから」

「ヨネばぁさまは、結構聞いてくれるほうだよ」

「そりゃ知っているが、どうせ下心だろ。とか言っていたし、しぃおさから言ってもらった方が良いかと思ってよ」

「まぁいいよ、私から言ってみる。あと盛年組長(せいおさ)にも言っておくわ」

「ありがてぇ。やっぱ相談事は、しぃおさにするのに限るな」

 タカシはそう言うと、嬉しそうに笑ってから、タバコに火をつける。排煙のためにわずかに開けた窓の隙間から、冷たい風が入ってくる。車のスピードが心なしか上がったように感じる。

 車内のカップホルダーには、冷え切った缶コーヒーが二本ささっている。車に乗るときにタカシから「朝のコーヒーをどうぞ」とか言われたけど、間違ってコールドのコーヒーを買ってしまったという自分の不手際を、タカシは一向に口に出さない。

学校に着くころになると、タカシはヨリコにいばくかの金を渡した。札と小銭がごちゃっと、ヨリコの手のひらに載せられた。

「今日のおこづかい。すまん、さっきのコーヒーそこから買った」

「ありがとう。私の分のコーヒーはタカシさん飲んで。それじゃあ、お仕事頑張ってね」ヨリコが車を降りながら言う。

「しぃおさも、勉強頑張ってな。帰りまた寄るから」

タカシは口にタバコを咥えながら、器用にそう言うと、シフトレバーを戻してゆっくりと走っていった。 

 走り去る車の後ろに手を振ってから、ヨリコはスマートフォンの時計を確認する。登校する学生がまだ急いでいないことから、時間には余裕があるのはわかっていたが、それよりも、ミサヲへの連絡を一度してみようと思ったのだ。ミサヲが毎朝四時には起きている事を知っている。そのことは村中の者が知っている。村を見下ろす位置に建てられた神社から、ミサヲは朝の四時になると起きだして一軒一軒回るからだ。

 今朝もその痕跡はあった。だから、ミサヲが課せられた神事を全うしているのは村中の全員が分かっている。その痕跡を見た村の者たちは「今日もご苦労様でございます。ミサヲ様」と、手を合わせるもんだから、その姿が見えないとなると、若衆に限らず心配するのも無理はない。ヨリコもタカシに言われるまで忘れていたが、確かに姿を見ていないと思った。

 通話アプリのトークに、『ミサヲさま、おはようございます。おげんきですか?』と書き込んだ。